大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)182号 判決

一 原告の請求の原因及び主張のうち一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

そこで、審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。

二 審決は、先ず、本願発明と引用例との相違点の一として、本願発明は原料としてコークスを用いるのに対し、引用例は鱗状黒鉛を用いる点を挙げ、引用例にはコークス等の無定形炭素を炭素原料として使用した場合にはその目的を達成し得なかつたとの記載があるが、それはフツ素化剤に適するようなフツ素含有量の高いものを得ることができなかつたという事実を示すだけで、コークスを炭素原料として用いたことは記載されており、コークスのごとき無定形炭素はフツ化カーボンの製造に十分用い得るものであることは甲第七号証に示されているから、フツ素と炭素との反応に無定形炭素であるコークスを用いることは、当業者が適宜なし得るものと認められるとする。

成立について争いのない甲第二号証(本願発明の公開特許公報)、第五号証(昭和五四年一一月二日付手続補正書)によれば、本願発明の願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載は、事実摘示第二、二のとおりであつて、本願発明は炭素対フツ素の原子比が一のフツ化カーボンを得ることを目的とするものであると認められる。

一方、成立について争いのない甲第六号証(特許出願公告昭三八―二一九五九号特許公報)によれば、引用例には鱗状黒鉛にフツ素を反応させることによつてフツ素含有量が六〇重量%以上(実施例によれば六〇、七重量%程度)のフツ素化剤であるフツ化黒鉛を製造することが記載されており、フツ素と炭素との反応に無定形炭素を炭素原料として用いることに関しては、「弗素を多量に炭素に結合させる実験において、無定形炭素、土状黒鉛及び通常の人造黒鉛等を炭素原料として使用した場合はその目的を達し得なかつたが、鱗状黒鉛を炭素原料として使用した場合は弗素含有量が六〇(重量)%以上に達する弗化炭素を得た。」(第一頁左欄第三七行ないし四一行)と記載されていることが認められる。

ところでフツ素含有量六〇重量%は、フツ素対炭素の原子比が約〇、九五であることを意味するから、引用例における右指摘部分の記載は、無定形炭素を炭素原料として使用しても、フツ素対炭素の原子比が約〇、九五以上のフツ化カーボンは得ることができなかつたという事実を述べているものであることは明らかである。

そうすると、審決のいうように、引用例にフツ素と炭素との反応に無定形炭素を炭素原料として用いたことが記載されているとしても、この記載からフツ素と炭素との反応に無定形炭素であるコークスを用いて炭素対フツ素の原子比が一のフツ化カーボンを得んとする本願発明に当業者が容易に想到し得るものとすることはできない。何故ならば、「できない」と書いてあるものから、できるというヒントを得ることは通常はあり得ないことだからである。

この点について、審決は、前認定のとおり、コークスのごとき無定形炭素がフツ化カーボンの製造に十分用い得ることが甲第七号証に示されていることを根拠として、引用例の前記「できない」旨の記載からコークスを炭素原料として用いることが想到できないとすることはできないと結論しているのであるが、いかなる意味でコークスを用いることが十分できるのかという点については、本願発明との対比においても引用例記載の発明との対比においてもなんら説明するところがなく、したがつて、また、甲第七号証の開示事項がいかなる意味で審決の右結論の根拠たり得るのかということについても、審決からこれを理解することができない。被告は、甲第七号証は本願の出願当時の技術水準を示すものであり、右技術水準に照らせば、引用例記載の発明は、炭素原料を鱗状黒鉛に限定することなく、コークスをも含めた炭素原料を用いてのフツ化カーボンの製造法を開示しているものと解釈するのが相当であると主張するが、審決の理由がそのような論理を採つているものとも認められないから、被告の右主張も採用の限りではない。結局、審決が、本願発明と引用例記載の発明との間の炭素原料の相違点に関して、引用例のほかに甲第七号証を挙示するのは無意味というほかない。

三 審決は、本願発明がフツ素ガスに一~五容量%のフツ化水素を含有させたことによる効果を本願図面によつてみるとフツ化水素を痕跡程度含むフツ素を用いた場合とこれを一~五容量%含む場合の、炭素対フツ素の原子比一のフツ化カーボンの収率の差は約三~一一%で、平均すれば僅か数%に過ぎないから、本願発明はフツ素に対するフツ化水素の含有量を一~五容量%に限定したことにより顕著な効果を奏するものとは認められないとする。しかしながら、審決は、本願発明と引用例の発明の相違する第二点として、フツ素として、本願発明は一~五容量%のフツ化水素を含有するものを用いるのに対し、引用例の発明は精製したフツ素を用いる点を挙げ、結局右差異点があるにもかかわらず、本願発明は引用例の記載から当業者が容易に発明し得たとするものであるから、本願発明が顕著な効果を奏するものであるかどうかは、本願発明と引用例とを比較して判断しなければならないことは当然のことである。しかるに、審決はそのような比較をしていない。

本願図面には、審決のいうとおり、炭素対フツ素の原子比一のフツ化カーボンの収率において、フツ化水素を一~五容量%含む場合と痕跡程度含む場合とでは約三~一一%の差があることが示されていると認められるが、そのことから、本願発明はフツ化水素を一~五容量%含有させたことにより顕著な効果を奏するものとは認められないとすることはできない。なぜならば、それは、本願発明の出願人は効果において三~一一%劣ることになるフツ化水素を痕跡程度含むものは特許請求しないということを示しているにすぎないからである。

四 右のとおりであり、本願発明は引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものであると認めた審決は、その判断過程に誤りがあり、違法であるといわなければならない。

よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。

〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「フツ化カーボンの製造法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和四七年二月一四日特許出願したところ、昭和五四年七月一八日拒絶査定を受けたので同年一〇月三日審判を請求し、右事件は昭和五四年審判第一一五八五号事件として審理されたが、昭和五六年五月一一日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、その謄本は同年六月一三日原告に送達された。

二 本願発明の要旨

コークスと、一~五容量%のフツ化水素を含有するフツ素とを反応させることにより炭素対フツ素の原子比が一で白色のフツ化カーボンを得ることを特徴とするフツ化カーボンの製造法。

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